研究紹介

はじめ

 ウェルナー症候群は加齢にともなう疾患を20代から加速的に発症する,平均寿命が50〜60歳代の遺伝性早老症として知られ,患者例が日本人に非常に多い病気です。ウェルナー症候群の原因遺伝子WRNは2本鎖DNA を1本鎖に巻き戻すDNAヘリカーゼという酵素をコードし,DNAが複製される際に,染色体末端のテロメア領域の複製に重要な役割を担っています。患者さんの皮膚から採取して培養した線維芽細胞は,複製に伴うテロメアの機能異常によって分裂寿命が短縮し,これがウェルナー症候群の早期老化の原因ではないかと考えられています。

 私達は患者さんの皮膚から採取して培養した線維芽細胞に京都大学の山中伸弥教授が発見した4つの遺伝子を導入し,iPS細胞を樹立することに成功しました(Akira Shimamoto, et al. 2014, doi.org/10.1371/journal.pone.0112900)。そしてこのiPS細胞から分化誘導した間葉系幹細胞(mesenchymal stem cell:MSC)でも,線維芽細胞と同じように分裂寿命が短縮していることを見出しました。MSCは様々な器官の支持組織を構成し,実質細胞を支える役割を果たしていることから,身体の種々の器官に存在するMSCの分裂寿命の短縮がウェルナー症候群の早期老化の原因の一つではないかと考えられています。

 MSCを用いた細胞移植・細胞補充療法などの再生医療は,ウェルナー症候群の治療法の選択肢の一つとなる可能性があると,私達は考えています。再生医療には,細胞を体外に取り出して試験管内で増殖,分化或いは活性化させる細胞加工の行程を含みますが,MSCなどの組織幹細胞ではこの行程が細胞老化を引き起こし,細胞加工における問題となっています。

 そのような観点から,私達はMSCの老化を抑制するような細胞加工技術,具体的には細胞老化を抑制する培養液添加剤や,細胞老化を抑制する培養基材について研究しています。

細胞老化を抑制する培養液添加剤のスクリーニング

 これまでMSCの細胞加工にはウシ胎児血清を含む培養液が使われてきましたが,近年はいくつかのメーカーが開発した無血清培地が主流になりつつあります。そこで私達は血清培地と無血清培地がMSCの細胞老化に及ぼす影響を調べています。

 細胞老化にはミトコンドリアで産生される活性酸素種(reactive oxygen species:ROS)が関係し,また老化した細胞はアポトーシス(細胞死)を自ら抑制して,分裂を停止したまま生き続けることが知られています。身体の中ではROSが細胞の老化を引き起こし,老化した細胞がアポトーシスを起こさずに生き続けることによって,老化細胞から分泌されたSASPが生活習慣病や老化疾患の原因になっていると考えられています。私達は血清培地に添加することによって,MSCの細胞老化を抑制する培養液添加剤のスクリーニングを行っています。

間葉系幹細胞の抗老化培養基材の開発

 身体の中では,細胞は三次元的な空間配置と取り巻く微小環境の中で生命活動を担っています。通常の細胞加工の行程では,二次元の平面上で培養するプラスチックディッシュを細胞の培養基材として用いますが,細胞にとっては必ずしも良い環境とはいえません。私達はこの点にも着目し,細胞が三次元的な空間配置を取ることができる培養基材の開発,評価を行っています。具体的には,MSCの細胞老化を抑制するという観点から,三次元的な空間配置が細胞加工に適しているかどうかを検討しています。

総括

 再生医療で必要な細胞加工の行程において,MSCの細胞老化を抑制するという観点から,私達は培養液と培養基材の両面で研究を行っています。近い将来にはこれらの成果を足掛かりに,ウェルナー症候群患者さんの細胞にも応用する研究を行いたいと考えています。

理学博士 嶋本 顕 (Shimamoto Akira)

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